「吃音を気にしない」とは「吃音から○○を無くすこと」

うも、リュウです。

 

 

「吃音を気にするな」って

 言うけど、具体的な方法を

 言わない人が多くて腹が立つ💢

 

と言う人がいて、

 

あぁ確かにそうだな!』と

思ったので、

 

今回はそれについて

書いていこうと思います。

 

 

このテーマは色々と奥が深いので

何回か書く事になると思います。

 

 

じゃあ早速なんですが、

 

始めに、

 

「吃音を気にしない」とは

具体的にどういう状態なのか?

 

について書きます。

 

 

一言で言うと

吃音に関心を向けないこと

です。

 

 

吃音の性質として、

 

自分の話し方に意識を

向けるほどに吃音が

表に出てきやすくなります

 

 

これには少し理屈があって、

 

吃音に関心がない人は

自分の話し方に意識を向けても

吃音はあまり出ないのですが、

 

その逆の人が同じようなことを

やると吃音が出てきやすく

なります。

 

 

吃音者と非吃音者の唯一の違いは

吃音を意識しているか、いないか

にあるのですが、

 

吃音があっても吃音を

気にしない人であれば非吃音者

と同じカテゴリーに入ります。

 

 

故に、

 

吃音克服の鍵は

吃音から関心を無くす

ことにあります。

 

 

つまり

吃音を気にしない

ということですね。

 

 

じゃあそのためには

どうすればいいのか?

というのが本題になるわけですが、

 

吃音を気にしない方法

として僕は、

 

吃音以上の関心事を見つける

 

という方法を推奨しています。

 

 

おそらく今のあなたにとって

吃音」という存在はかなり

大きいものだと思います。

 

 

存在が大きいというのはつまり、

 

それだけそこに意識が向くことが

多いということです。

 

 

何をするにおいても真っ先に

頭の中に浮かび上がってくるのが

吃音」であり、

 

あらゆる行動の足枷に

なっているのもまた「吃音

だと思います。

 

 

なぜならそれだけ吃音に

関心があるからです。

 

 

ぶっちゃけ言うと、

 

吃音以上に興味関心が

あるものがないということ

なんです。

 

 

だからそこをしっかり

見直していく必要があります。

 

 

自分の人生は本当に

吃音だけなのか、

 

もっと自分が興味関心を

抱けるようなものがないのか、

 

それを自分自身に

問うてみてください。

 

 

吃音以上の関心事を

見つけるためには、

 

過去の自分を

思い返してみてください。

 

 

特に小学生時代を

思い返してみることが

個人的にはオススメです。

 

 

今は忘れてしまっているかも

しれないけど、

 

小学生時代というのは

夢や希望に溢れている時期

だったはずです。

 

 

良くも悪くも社会や

世の中の仕組みを知らないので、

 

その分自由な発想を持っていたし、

 

好奇心にも溢れていたでしょう。

 

 

自分にはそんなものはなかった

と言ってもそれは単に忘れている

だけであって、

 

絶対に何かしらあったはず

だと言うのが僕の主張です。

 

 

要は何が言いたいかと言うと、

 

そこに“ヒント”あるということ

です。

 

 

そのヒントは人それぞれ違うし

様々なので、

 

あなた自身が見つけるしか

ないんですよね。

 

 

もう一度言いますが、

 

吃音を気にしない」とは

吃音から関心を無くす

ことであり、

 

吃音から関心を無くす」ためには

吃音以上の関心事を見つける

ことが必要です。

 

 

そして

吃音以上の関心事を見つける

ヒントとして、

 

過去の自分、

 

特に夢や希望に満ちあふれていた

小学生時代(その年代の頃)

を振り返ってみてください。

 

 

いきなり「吃音を気にしない

と考えても難しいと思うので、

 

まずは自分と対話してください。

 

 

それでは、

 

この記事を読んで感じたことを

是非コメントください。

 

 

今回もありがとうございました。

 

 

バイバイ👋(・∀・)

 

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