はっきり言わせていただきます

うも、リュウです。

 

 

吃音のことを周りの人の

誰かに相談したときに

99%の確率で言われることは、

 

「ゆっくり言えば大丈夫」

だと思う。

 

 

確かに、

 

ゆっくり言うという

アドバイスは全くおかしいもの

でも何でもないけど、

 

吃音者にとって

当てになるアドバイスではない。

 

 

なぜなら、

 

吃音者自身も

ゆっくり言うことを

意識しているからだ。

 

 

そういう事を言われる前に

既にそれは実践している。

 

 

しかし、

 

意識していても

上手く喋ることが

出来ないからこそ悩んでいる。

 

 

ゆっくり言えるときもあるけど

言えないときもある。

 

 

アドバイスは有難いが、

 

正直言って

「コレジャナイ感」がしてしまう。

 

 

でも、

 

非吃音者は吃音という

“感覚”を理解できないので

それは仕方がないこと。

 

 

さて、

 

そもそも何で、

 

ゆっくり言うことを

意識しているのに

上手く喋れないのか?

 

というと、

 

吃音を意識している

ことになるから

である。

 

 

吃音というものはその性質上、

 

吃音を意識すればするほど

症状が悪化する特徴がある。

 

 

非吃音者にとっての

「ゆっくり言う」は、

 

本当に言葉通りの

意味合いで捉えているが、

 

吃音者は、

 

「“吃らないように”ゆっくり言う」

と捉えている所が

相違点なのである。

 

 

非吃音者は

99.9%善意の気持ちで、

 

自分の実体験を踏まえて

アドバイスをしてくれては

いるものの、

 

ここの相違点までは

理解できない。

 

 

そのため、

 

吃音者にとっては何の役にも

立たないアドバイスのように

なってしまうのだ。

 

 

そういう事を考慮した上で

はっきり言わせてもらうと、

 

結論、

 

そういうアドバイスには

耳を貸さなくて良い。

 

 

尤も、

 

吃音のことは非吃音者には

「相談」しないほうが良い。

 

 

というか、

 

してもあんまり意味ないのでは?

と個人的には思う。

 

 

カミングアウトするにはいいが、

 

非吃音者は吃音を

理解できないという関係上、

 

吃音の悩み相談をする

相手には向いていないのだ。

 

 

例えると、

 

恋愛経験0の人に

恋愛のアドバイスを

受けようとすることと同じ。

 

 

つまり、

 

“聞く”相手が

間違っているということだ。

 

 

これは吃音に限らずだが、

 

悩み相談の相手先は

同じような悩みを

持っていた人にするべきだ。

 

 

吃音者は苦しいので、

 

他の人に相談する

気持ちも当然分かるけど、

 

なるべく相手は

選んだ方がいいと思う。

 

 

それこそ、

 

自分の期待を裏切るような

回答が返ってきたとしても、

 

自分を責める必要は全くない。

 

 

百歩譲って、

 

同じ悩みを持っている人以外に

相談することがあったとしても、

 

自分の話をしっかりと

聞いてくれる人を

選んだほうがいい。

 

 

僕は中学生の頃、

 

部活の顧問に

吃音のことについて

相談したことがあったけど、

 

優しく聞いてくれた経験がある。

 

 

その人には

吃音はなかったけど、

 

話は聞いてくれた。

 

 

逆に、

 

親に相談したときは

全く理解されなかった。

 

 

親でさえも吃音がなかったら

理解するのは難しいのだ。

 

 

でも、

 

めげる必要は全くない。

 

 

どんなことがあっても、

 

何を言われても、

 

決して自分を責めてはいけない。

 

 

これは鉄則だ。

 

 

この記事を読んだら

是非感想コメントください。

 

 

それでは、

今回もありがとうございました。

 

 

バイバイ👋(・∀・)

 

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