「言い換え」は使ってもいいのか?

うも、リュウです。

 

 

吃音者のテクニックとして

言い換え」というものがあります。

 

 

これは苦手な言葉を避けて

比較的自分の言いやすい言葉に

変換して言うものです。

 

 

一応テクニックという

位置付けではありますが、

 

僕は“処世術”と定義しています。

 

 

なぜ言い換えを使うのか

と言うと、

 

苦手な言葉をどもった時に

恥をかくことを回避するためです。

 

 

自分はこの言葉が出にくい

と自覚しているからこそ、

 

それを補うために言い換えという

工夫」を編み出すわけです。

 

 

工夫」とは、

 

自分がより良く生きられる

理想の道へ辿り着くために

編み出される技です。

 

 

言い換え」が正に

その工夫の結果であって、

 

それが吃音者でいうところの

“処世術”ということですね。

 

 

ところでこの言い換え

というテクニック、

 

吃音の情報発信者の中には

言い換え」を使っても良いと

言う方や、

 

言い換え」は逃げの行為だから

あまり使わない方が良いと

言う方がいます。

 

 

僕としては、

 

言い換えに関しては

使って良い派」です。

 

 

ただ、

 

それに頼りすぎない範囲であれば

という条件付きです。

 

 

具体的に言うと、

 

とっさに言い換えを使うことに

関してはOKという感覚で

僕は捉えています。

 

 

まぁこの辺の線引きが

難しいところではありますが。

 

 

僕が言い換えを処世術だと

定義したのも、

 

吃音者にとっての言い換えは、

 

自分が少しでもより良く

(ストレスなく)日常を

送れるようになるための、

 

言わば「生きる工夫」だからです。

 

 

なので無理に言い換えの

使用を止める必要はないと

思いますし、

 

言い換えをしたからといって

あぁ…また逃げてしまった…

と思う必要も全くありません。

 

 

言い換えは立派な吃音者の

生きる工夫であり処世術ですから、

 

使っても何の問題もないと

僕は思っています。

 

 

ただ先程も言ったように、

 

言い換えに過度に

頼りすぎないようにしましょうね。

 

 

なぜかと言うと、

 

言い換えとは基本的に

吃音を隠す」行為とも言えるので、

 

言い換えに頼り過ぎるというのは

吃音を隠すという行為を助長する

ことにもなるからです。

 

 

少なくとも今の僕は

そう思っています。

 

 

どもる時はどもってもいいし、

 

難発で詰まっても上手いこと

誤魔化してしまえば良いのです。

 

 

なるべくオープンで居つつ

必要な時は言い換えを使う、

 

というスタンスが

良いのではないかと思います。

 

 

大事なことは「開き直ること」です。

 

 

上手く吃音と

向き合っていくことが

大切ですから、

 

開き直る心の余裕も

必要なんですよね。

 

 

言い換えをして上手く相手に

伝わったらそれでOKなので、

 

また言い換えをしてしまった…

と落ち込む必要は全くないです。

 

 

ど太くいきましょう。

 

 

この記事を読んだら

是非感想コメントください。

 

 

それでは、

今回もありがとうございました。

 

 

バイバイ👋(・∀・)

 

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